急に切れた集中力と、新川通りの「凸凹」「ここから巻き返せば、サブ5にギリギリ間に合う」そう自分を奮い立たせて走っていたのは、23キロ付近、手稲高校の近くに差し掛かる頃まででした。その時、前触れもなく急に集中力がプツリと切れ、それまで溜まっていた疲労がどっと体にのしかかってきました。足が急に動かなくなり、股関節にも鋭い痛みが走り始めます。そして、歩を進めるうちに一つの事実に気づきました。
「新川通りの道路って、めちゃくちゃ凸凹(でこぼこ)してる……」
普段、車で走っているときには全く気にも留めなかった道路のアスファルトのうねりや傾斜が、限界を迎えた足には凶器のように響きます。ちょっとした段差を超えるのすら辛く、気を抜くと道路の勾配に引っ張られて足が流されてしまいそうになります。「やばい、まだ残り距離は倍近くあるのに……」絶望しかけましたが、まだ諦めるわけにはいきません。頭の中のコースマップを必死に手繰り寄せます。「そうだ、前田森林公園まで行けば補給所がある。あそこまで頑張ろう」と、自分を鼓舞し続けました。
そして前田森林公園へ、、、
ようやく前田森林公園の補給所にたどり着きました。しかし、そこで目にしたのは異様な光景でした。私と同じように完全にスタミナ切れを起こしたランナーたちが、まるでゾンビのようにコーラや水、補給食のブースに群がっていたのです。とにかく何か水分を手に入れたいと思い、少しでも列が短そうな場所に並んでみました。ようやく自分の番が来て、手渡されたもの。それは、まさかの「雪玉」でした。「いや、水が飲みたいんだけど……!」と心の中で叫び、絶望が頭をよぎった瞬間、ふと閃きました。
本番コールを練習していたおかげで天才的なひらめき💡
「そうだ、この公園の出入り口から少し中に入ったところに、トイレと水飲み場があったはずだ!」
本番ルートを事前に試走し、知っている道として練習に組み込んでいた経験が、ここで生きました。急いで奥へ向かうと、やはり自分と同じことを考えていたランナーが数人、蛇口から水を飲んでいました。地元ランナーとして本番ルートを練習しておいて、本当に良かったと心から思った瞬間です。無事にマイペースで水を補給することができ、渇きを癒した私は、なんとか再び走り出しました。ついに歩いてしまった26キロ地点と、道庁での涙しかし、限界はすぐにやってきました。折り返しを過ぎた26キロ付近。ついに、足が止まって歩き始めてしまいました。「長い、暑い、足が動かない……」これが、噂に聞く北海道マラソンの「新川通り」の本当の姿でした。
応援も素通り、、、
30キロ地点では、家族が再び手作りのうちわを持って待っていてくれました。しかし、もう立ち寄る元気すら残っていません。情けない姿を見せながらも、なんとか手を振り返すだけでそのまま通過するのが精一杯でした。そこからは、ただひたすらに「歩いて、少し走って、また歩く」の繰り返しです。制限時間には間に合うので完走はできるだろう、ということは分かっていました。しかし、「まだあと10キロもあるのか……」と思うと、ひたすら同じ動作を繰り返す時間がとにかく苦痛で仕方がありませんでした。ようやくコースは北海道大学(北大)の構内へ。北大も練習時は緑が綺麗で気持ちよく走れる大好きなコースでしたが、本番で走ると妙に長く、おまけに「ここ、実は坂になっていたんだな」と、削られた足が微小な上り坂を敏感に感知します。「よし、ここからは最後まで走り切ろう!」と決意しては、「いや、やっぱり無理だ、歩こう」と、数え切れないほど心の中で前言撤回を繰り返しました。ボロボロになりながら構内を抜け、ようやく見慣れた北海道庁(赤れんが庁舎)の敷地内に入ったとき、自然と涙がこみ上げてきました。
ついにゴール、なんとか完走するがサブ5はまた失敗、、、
「道庁を過ぎたら、最後くらいは絶対に走ろう、俺」自分と最後の約束をし、残った力を振り絞って大通公園へ。ようやく辿り着いたゴールの時計は、5時間30分。目標だったサブ5には遠く及ばず、またしても失敗という結果に終わりました。次回へのステップゴール後、完走メダル、タオル、記念品を受け取りました。達成感よりも悔しさが勝る重い足をひきずりながら、沿道であれだけ一生懸命に応援してくれた家族が待つ我が家へと、帰路につくのでした。3回目のフルマラソン、またしても「5万円の宿泊プラン」という事前の策(やらかし)に始まり、過酷な現実を知る結果となりました。(次回、気づき編


コメント